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改正相続法13 相続による権利の承継と対抗要件主義2(民法第899の2条)

今回は、相続による権利の承継と対抗要件主義2(民法第899の2条)です。

 

前回にもお伝えしたように、相続による権利の承継についても対抗要件主義が採用されることになりました。

そして、対抗要件主義は預貯金などの債権の相続についても及びますので、自己の法定相続分を超えて債権を相続した者は法定相続分を超えた部分を債務者に対抗するには、対抗要件を備える必要があります。

問題となるのは、ここでいう対抗要件の具体的な方法です。

前提として、債権の譲受人が債務者に自己の債権の取得を対抗するには、債権の「譲渡人」の債務者への通知か、債務者からの承諾が必要であり、債権の「譲受人」の債務者への通知は対抗要件にはならないとされています。債権譲渡について不利益を負う者からの通知によってはじめて債務者は債権譲渡が本当になされたと信じることができるからです。債権譲渡について利益を負う者が自分が譲渡を受けたと述べても債務者は本当かわからないので、譲受人からの通知は対抗要件にはなりません。

 

このことを理解していただいたうえで、本題となります。

 

Q1 私と姉の共同相続人となりました。母はYに対する貸付債権200万円を全て私に相続させるとの自筆証書遺言を書いてくれました。自己の法定相続分を超える債権の取得をYに対抗するために、姉からYに対して通知を出してほしいのですが、姉が協力してくれません。どうしたらいいですか。

A1 あなた自身が検認調書の謄本に添附された遺言書の写しを添附して債務者Yに通知をしてください。

上記のとおり、債権譲渡の対抗要件は譲渡人の債務者への通知か、債務者からの承諾となります。そして譲受人からの通知は対抗要件になりません。

しかし、譲渡人にあたる被相続人は死亡しておりますし、その相続人である共同相続人の中には遺言書の作成、内容に疑義を持つ者もおり、共同相続人全員による通知を期待することが困難な場合が少なくありません。

そのため、相続による債権の承継においても債権譲渡の対抗要件をそのまま適用すると、受益相続人は債務者に対する対抗要件を具備することができなくなってしまいます。

そこで、改正相続法は、相続による債権の承継の場合には、受益相続人の通知により対抗要件を具備することを認めることとしつつ、虚偽の通知がされることを防止するために、受益相続人の通知による場合には、その通知の際に、遺言又は遺産分割の内容を明らかにすることを要求することにして、その要件を加重することにしています。

したがいまして、相続により法定相続分を超える債権を取得した受益相続人が対抗要件を具備する方法には、①共同相続人全員(又は遺言執行者)による通知、②受益相続人が遺言又は遺産分割の内容を明らかにしてする通知、③債務者の承諾があることになります。

 

Q2 受益相続人が遺言(又は遺産分割)の内容を明らかにしてする通知には、どのような書面が考えられるでしょうか。

A2 公正証書遺言であれば、公証人によって作成された遺言書の正本又は謄本、自筆証書遺言であれば、その原本の他、家庭裁判所書記官が作成した検認調書の謄本に添附された遺言書の写しや、自筆証書遺言を保管する法務局の遺言書保管官が発行する遺言書情報証明書等が考えられるとされています。

法定相続分を超える債権を取得したことを明らかにするための書面については、いくつか考えられます。遺言書は上記のものが考えられます。

遺産分割については、遺産分割協議書の原本や公証人作成にかかる正本又は謄本、裁判所書記官作成に係る調停調書や審判所の正本又は謄本等がこれにあたるものと考えられています。

相続による権利の承継と対抗要件主義についてはコチラも参考にしてください。

(改正相続法12 相続による権利の承継と対抗要件主義1(民法第899の2条))

 

改正相続法12 相続による権利の承継と対抗要件主義(民法第899の2条)

今回は,改正相続法12 相続による権利の承継と対抗要件主義(民法第899の2条)です。

対抗要件主義というのが理解しにくいと思います。対抗要件主義とは、権利変動を第三者に対して主張するには対抗要件を具備しなければならず、先に対抗要件を具備されてしまうと自己の権利変動を主張することができなくなってしまう考え方のことをいいます。

例えば、不動産の譲渡を例にとりますと、売買の意思表示のみで権利変動は生じますが、不動産の買主が自己の所有権を第三者に対して主張するには登記という対抗要件を備えなければならず、二重譲渡がなされて別の買主が先に登記を備えた場合には所有権の取得を主張することができなくなります。

今回の改正では、この対抗要件主義という考え方を相続による権利承継の局面でも導入することになりました。実務的にはとても大きな改正といえるところでして、今回の改正により相続時に対抗要件を速やかに備える必要が高くなったといえます。

 

 

Q1 私と妹が母の共同相続人となりました。母は遺言書で自宅を私に相続させるという遺言書を書いてくれていました。ところが、妹が自己にも相続分があるとして2分の1の持分を第三者に売却してしまいました。私は第三者に対して、遺言書を理由に妹は無権利者であるため売買は無効なので、自分が自宅の所有者であると主張することができますか。

A1 遺言書を理由に妹の売買を無効と主張することはできません。遺言書どおりに自宅を相続したと第三者に対して主張するには登記を備える必要があります。

 

今回の改正前は、登記という対抗要件を備えなくても、相続による権利取得を第三者に対抗できるというのが判例でした。

しかし、判例については、遺言の有無及び内容を知る手段を有していない相続債権者や被相続人の債務者に不測の損害を与える恐れがあるという批判がありました。また、判例のよると、遺言によって利益を受ける相続人が登記等の対抗要件を積極的に備えようとしないため、実体と登記という公示制度とが一致しない場面が増えてしまい、取引の安全や不動産登記制度という公示制度への信頼が害されるという批判もありました。

そこで、改正相続法では、相続を原因とする権利変動についても、これによって利益を受ける相続人は、登記等の対抗要件を備えなければ法定相続分を超える権利の取得を第三者に取得することができないことにしました。

そのため、遺言書によって権利を受ける相続人は急ぎ対抗要件を備える必要が出てきたことになります。

 

 

Q2 上記の例で、登記を備えないと自分の相続分についても第三者に対抗することができないのですか。

A2 いいえ、対抗することができないのは法定相続分を超える部分(上記の例で言えば自己の相続分2分1を超える部分)に限られます。

 

先の遺言書で利益を受ける相続人は、その遺言がなくても法定相続分に相当する部分は権利を取得するこができるので、当該部分は権利の競合は生じません。権利の競合が生ずるのはあくまでも法定相続分を超える部分です。

したがって、自己の法定相続分については改正前と同様に対抗要件を備えなくても相続による取得を主張できます。

 

 

Q3 私と妹が母の共同相続人となりました。母は第三者Yに100万円を貸していたのですが、遺言書でYに対する100万円の貸付債権を私に相続させると書いてくれました。ところが、妹が自己にも相続分があるとしてYに対して50万円を返すよう請求し、Yは妹に50万円を支払ってしまいました。私は第三者Yに対して、遺言書を理由に妹への支払は無効なので、自分に100万円を支払うよう求めることができますか。

A3 いいえ、できません。相続による対抗要件主義は不動産のみならず、債権、動産、有価証券などの対抗要件主義を採用しているもの全般に及ぶため、妹への支払い前に債権取得の対抗要件を備えておく必要があります。

 

相続による権利の承継に対抗要件主義が要求されるのは不動産に限られません。債権をはじめとする対抗要件主義を採用しているもの全般に及びます。

上記の例では、法定相続分を超える部分(50万円)については、債権についての対抗要件を備える必要があります。

 

 

改正相続法11 特別の寄与3(民法第1050条)

今回は,改正相続法11 特別の寄与3(民法第1050条)です。

 

今回は,特別の寄与の請求の仕方,請求する期限について説明したいと思います。

Q1 私は長年被相続人である夫の母の療養看護に勤めてきました。母が亡くなり、特別の寄与料を請求したいのですが、実際にどう請求したらいいのですか。

 

A1 特別寄与の請求は、まず相続人との協議で定めることが考えられます。協議が調わないとき、又は協議することができないときには、家庭裁判所に協議に代わる処分を請求することができます。

 

特別の寄与を相続人との話し合いで定めることができるのであれば話し合いで定めることができます。話し合いができない場合には家庭裁判所に調停・審判を申立てることになります。

なお、協議に代わる処分手続は、遺産分割手続と独立して申立てることが可能です。ですので、特別寄与者は、遺産分割に関する事件が家庭裁判所に係属していない場合であっても、家庭裁判所に特別の寄与の額を定めることを請求することができます。

独立して申立てることができるので、別に遺産分割の調停・審判がなされている場合にも当然に特別の寄与を定める事件が併合することにはなりません。併合をするか否かは裁判所の判断によります。

 

 

Q2 共同相続人として夫A、夫の弟B(次男),C(三男)がおり、兄弟で法定相続分どおりに相続しました。特別の寄与料は誰にどのような割合で請求したらいいのですか。

A2 特別の寄与料は必ずしも共同相続人全員に請求をする必要がありませんので旦那さんのAに請求しなくても構いません。もっとも、BやCといった共同相続人は法定相続分又は指定相続分に応じて特別寄与料を負担するので、Aが負担をする分をBやCに請求することはできません。

特別の寄与制度は、被相続人の財産の維持又は増加に寄与した特別寄与者に対して、一定の範囲で相続財産を分配するのが実質的公平の理念に適うという趣旨で創設されております。

そのため、特別寄与料は本来は相続財産が負担するべき性質のものです。各相続人は特別寄与者の寄与によって相続財産を相続分に従って承継したのですから、特別寄与料の負担も相続分に応じて負担するべきことになります。

したがって、設問の例であれば、BもCも自己の相続分の3分の1を超えては特別寄与料を負担する必要はないことになります。

 

 

Q3 特別寄与料を請求しようと思っていますが、遺産分割で各相続人の相続分が定まってから請求すれば足りますよね。

A3 特別寄与料の請求手続きと遺産分割手続は別です。特別寄与料の請求は、「特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月」以内及び、「相続開始の時から一年」以内という制限が設けられていますので注意してください。

特別寄与料の請求手続と遺産分割手続とは別個のものです。しかし、特別寄与料の支払義務を負うのか否か、負うとしていくら負うのかがわからないと遺産分割を成立させることがなかなか難しいことが想定されます。そうすると、特別寄与料の請求手続が終了しないとなかなか相続問題が解決しないことになってしまいます。

一方で、特別の寄与をしている場合には、被相続人の死亡の事実を容易に知りうるといえます。

そこで、法律は、特別寄与者が家庭裁判所に協議に代える処分を請求することができる期間として、「特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月」以内及び、「相続開始の時から一年」以内という制限を設けております。

かかる期間を超えると特別寄与料を請求することができなくなりますから、遺産分割手続の有無にかかわらず特別寄与料は請求しなければならないことに注意をしてください。

 

特別の寄与についてはコチラも参考にしてください

(改正相続法9 特別の寄与1(民法第1050条))

(改正相続法10 特別の寄与2(民法第1050条))

 

 

改正相続法10 特別の寄与2(民法第1050条)

今回は,改正相続法10 特別の寄与2(民法第1050条)です。

 

前回の特別の寄与制度の要件をもう一度示します。

① 被相続人の親族であること

② 無償で療養看護,その他の労務を提供したこと

③ 被相続人の財産の維持又は増加があること

④ ②と③との因果関係があること

⑤ 特別の寄与と認められること

 

上記をふまえて本題です。

Q1 私は長年夫の母と同居して母の療養看護に勤めていました。母の共同相続人の弟に特別の寄与料を請求したのですが、弟は私が母から生活費を負担してもらっていたことを理由に、無償で療養看護していたとはいえないとして特別の寄与にあたらないといっては寄与料を支払ってくれません。生活費を負担してもらっていた私は特別の寄与料を請求することはできないのでしょうか。

A1 無償といえるかは個別具体的な事情によりますが、被相続人である夫の母親が要介護状態になる前から同居をして、母親が生活費を負担していたような場合であれば、療養看護後に引き続き生活費を負担してもらっていたとしても無償と判断される可能性は高いと思います。

 

特別の寄与といえるためには、療養看護が無償であることが必要です。この無償であるか否かについては、当事者の認識や、当該財産給付と労務提供の時期的、量的な対応関係等を考慮して判断されると考えられております。

ですから、被相続人から生活費をもらっていたとしても直ちに有償と判断されるわけではありません。要介護状態になる前からの生活費の負担であれば、その生活費負担は療養看護に向けられて給付されたとは言いづらいので無償と判断される可能性は高いと思います。

また、被相続人から僅かなお金をもらっている場合も、そのお金をもって療養看護の対価とはいいがたいので無償と判断される可能性は高いと思います。

もっとも、共同相続人の弟が療養看護をした者にお礼として金銭を支払っていたような場合には、1050条3項の「一切の事情」にあたるとして、特別の寄与の金額を算定する際に考慮されることになると思います。具体的には、そのお礼の金額は特別の寄与料から控除されるでしょう。

 

Q2 私は長年夫の母の療養看護に努めました。母の共同相続人の弟に特別の寄与料を請求するとして,特別の寄与料はどのように算定されるのですか。

A2 当事者間で自由に特別の寄与料を定めることができますが,当事者の協議で決まらない場合,家庭裁判所は「寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して」,特別寄与料の額を定めることになります(民法第105条第2項,第3項)。

民法第1050条第3項の「一切の事情」には,相続債務の額,被相続人による遺言の内容,各相続人の遺留分,特別寄与者が生前に受けた利益等が含まれるとされています。

特別寄与料の額の具体的な算定方法については,概ね,寄与分の制度において相続人が被相続人に対する療養看護等の労務の提供をした場合と同様の取り扱いがされることになると考えられます。

療養看護型の寄与分に関する実務の代表的な考え方によれば,寄与分の額は,第三者が同様の療養看護を行った場合における日当額に療養看護の日数を乗じた上で,これに一定の裁量割合(0.5~0.7)を乗じて算定するものとされており,特別寄与料の額の算定にあたってもこのような考え方が参考とされると思われます。

 

特別の寄与についてはコチラも参考にしてください

(改正相続法9 特別の寄与1(民法第1050条))

 

 

改正相続法9 特別の寄与1(民法第1050条)

今回は改正相続法9 特別の寄与1(民法第1050条)です。

 

改正相続法によって,今回から説明する特別の寄与制度が新設されました。

同制度によって,相続人以外の親族が被相続人に療養看護した場合も,その親族は相続人に療養看護した分(特別の寄与分)のお金を払ってくれと請求することができるようになりました。

相続人による「寄与」とは異なり,相続人ではない者の寄与なので「特別の寄与」というのでしょう。

同制度は,相続人以外の親族の貢献を正当に評価することができるようになったというプラス面はありますが,ともすれば相続問題の終局的解決が長引くというマイナス面もあるように思われ,実務家としては少し複雑な気分になります。

 

それでは本題です。

 

Q1 妻は,長年,働いてなかなか世話をしてやれなかった私に代わって,私の母の世話をしてくれていました。母が死亡した今,共同相続人の弟に対して,妻の貢献分を考慮してくれといえないものでしょうか。

A1 奥様は被相続人であるお母様にとって,相続人ではない親族なので,その療養看護が特別の寄与といえれば,弟さんにお金を支払ってくれと請求できます。

 

被相続人に対して療養看護等の貢献をした者が相続財産から分配を受けることを認める制度としては寄与分の制度があります。(寄与分の制度についての説明はコチラの「寄与分について」を参考にしてください。)

しかし,同制度は相続人にのみ認められた制度であるため,説例のような相続人の配偶者の貢献は同制度では評価できませんでした。

そのため,①準委任契約に基づく報酬・費用償還請求,②準事務管理に基づく費用償還請求,③不当利得返還請求等といった法律構成を使って,相続人以外の者の貢献を保護することが行われていました。

しかし,いずれも問題があり,同貢献に対して十分な保護が図れているとは言えない状況だったのです。

そのため,特別の寄与の制度をつくり,相続人以外の者の療養看護分について相続人に金銭請求をすることができるようになりました。

 

 

Q2 夫とは事実婚であり,婚姻届は提出していません。しかし,寝たきりになった夫を長年世話をしたのは私であり,相続人である彼の子供たちではありません。私の療養看護は特別の寄与として認められますよね。

A2 残念ですが,特別の寄与の請求権者は被相続人の親族に限られていますので,事実婚の配偶者は特別の寄与を請求することはできません。

 

特別の寄与の請求権者は,被相続人の親族(六親等内の血族,配偶者,三親等内の姻族)に限られております(親族とは何かについてはコチラの「法律上の親族」を参考にしてください。)。

特別の寄与制度については国会の審議の過程で,請求権者に事実婚や同性カップルのパートナーも含めるべきではないかと議論がありました。

しかし,例えば事実婚については,事実婚に当たるか否か自体,様々な要素を総合的に考慮して判断する必要があるため,これらも請求権者に含めるとすると,その該当性をめぐって当事者間で主張・立証が繰り返されるなどして相続を巡って紛争が複雑化,長期化する恐れがあるとして,請求権者に含まれないことになりました。

被相続人の親族は,被相続人と一定の人的関係にあるがゆえに,被相続人との間で,療養看護について報酬を与えるといった有償契約を締結することが類型的に困難であるため,特別の寄与制度で救助するというのも理由になっています。

したがって,特別の寄与制度の請求権者は,被相続人を療養看護した者であれば誰でもいいのではなく,あくまでも被相続人の親族に限られます。

 

Q3 私の妻の父(義父)は,長年,寝たきりになった私の母の医療費や施設入所費を負担してきました。母が死亡した今,義父は共同相続人の弟に対して特別の寄与を主張することができますか。

A3 義父は相続人ではない親族ですが,特別の寄与における寄与行為の態様は被相続人に対する無償の労務の提供に限られており,金銭等出資型の寄与は含まれませんので,特別の寄与を主張することはできません。

 

相続人の寄与制度における寄与の態様については,①家事従事型(被相続人の事業に関する労務の提供),②金銭等出資型(医療費や施設入所費の負担等),③療養看護型(同居し,家事の援助を行うなどの療養看護),④扶養型(生活費の負担,衣食住の面倒といった扶養),⑤財産管理型(不動産の賃貸管理など)があります。

しかし,相続人以外の親族の特別の寄与制度における寄与の態様については,「無償で療養看護その他の労務の提供をしたこと」に限られています(無償での家事従事型や無償での療養看護がこれにあたる)。

これは特別の寄与制度は紛争の長期化,複雑化の懸念があるため,認められるべき寄与行為を制限すべきという考えを背景として,無償の役務の提供については特別の寄与を認めるべき必要性が高いのに対して,事業資金の提供などの金銭等出資型については,給付時に返還の要否等を被相続人と取り決めることは比較的容易であるから,特別の寄与を認めるべき必要性は低いという価値判断にもとづいています。

なお,ここで,特別の寄与制度が認められるための要件を明確にしておきましょう。要件は以下のとおりです。

① 被相続人の親族であること

② 無償で療養看護,その他の労務を提供したこと

③ 被相続人の財産の維持又は増加があること

④ ②と③との因果関係があること

⑤ 特別の寄与と認められること

Q2は①,Q3は②の要件に関する質問だったことがわかると思います。

なお,①の要件については,被相続人の親族である事の判断基準時は何時なのかという問題や,②の要件については,無償であるか否かはどのように判断するのか,例えば,被相続人が労務を提供していた者の生活費を負担していた場合も労務と言えるのかという問題があります。

(一応上記の答えは,相続開始時であり,相続開始時に親族ではなかったなら(相続開始時には離婚していた元妻),特別の寄与の請求権者とはなりません。)

(個別具体的事案によりますが,被相続人の要介護状態以前から生活費を負担していたのであれば,療養介護の無償性は認められやすくなるでしょう。)

 

改正相続法8 遺産の一部分割(民法第907条)

今回は,改正相続法8 遺産の一部分割(民法第907条)です。

 

Q1 父の遺産は自宅(土地・建物)と預貯金です。共同相続人の弟と自宅の帰属をめぐっては意見が対立していますが,預貯金については法定相続分どおり半分にしようと意見が一致しています。とりあえずお金が必要なので,預貯金のみ遺産分割することができますか。

A1 できます。

 

遺産分割は,事件の終局的解決のために,裁判外の協議でも調停や審判といった裁判上の手続でも,遺産の全てを対象とすることが多いと思います。

しかし,不動産については誰が相続するのかについて争うが,預貯金については法定相続分で早期に分割してもらいたいなど,争いのない遺産の分割を先行させたいとして一部分割を行うことが有益な場合があります。

従前は法文上一部分割が許容されるか明確でなかったこの一部分割について,改正相続法では一定の場合には可能という規定が設けられることになりました。

なお,家事事件手続法第73条第2項の一部審判として行われる一部分割(残余財産についての審判事件が係属したままに,一部の財産について審判をするのに熟したとして行われる一部分割)とは異なります。今回の改正法が対象としているのは,残余財産は審判事件に係属しない,全部審判としての一部分割です。

 

 

Q2 一部分割は常にできるのですか。何か要件はあるのでしょうか。

A2 一部分割は他の共同相続人の利益を害するおそれがない場合にできます。そのため,他の共同相続人の利益を害するおそれがないことが要件となります。

 

一部分割は,共同相続人に遺産についての処分権限を認めた制度ですが,無制限にできるわけではありません。

他の共同相続人の利益を害するおそれがないことが必要です。

当事者に対する特別受益の内容,代償金の支払による解決の可能性やその資力の有無などの事情を総合して,一部分割をすることにより,最終的に適正な分割を達成しうるという明確な見通しが立たない場合には,他の共同相続人の利益を害するおそれがあるとして,一部分割が認められないことになります。

 

 

Q3 遺産分割調停(審判)を申立てる際に,全部分割を求めるのか一部分割を求めるのかを明らかにする必要があるのですか。

A3 全部分割か一部分割を求めるかを明らかにする必要があります。

改正相続法により一部分割の制度が定められたため,申立ての趣旨に求める分割が全部分割なのか一部分割なのかを明らかにすることが必要になりました。

裁判所の用意する書式をみますと,申立書に添付する遺産目録には,全ての遺産を記載した上で,申立ての趣旨欄に分割を求める遺産の範囲を特定して記載するようになりました。

 

 

Q4 兄から一部分割調停を申し立てられたのですが,私としては全部の遺産について分割協議をしたいのですが,どうしたらいいですか。

A4 自ら全ての遺産を対象とした遺産分割調停を申し立てるか,残余の遺産を対象とした一部分割の遺産分割調停を申し立てましょう。

 

一部分割を申し立てられた共同相続人にも,遺産についての処分権限があるのですから,申立人以外の共同相続人が,遺産の全部分割又は当初の申立てとは異なる範囲の一部分割を求めることは可能です。

ただその際には,自分自身で新たな申立てをする必要があります。そして具体的には,当初の申立てと併合して(一緒になって)審理されることになります。

なお,一部分割の申立人が審理の途中で他の遺産の分割を求めたいと思った場合には,申立ての趣旨を拡張します。具体的には,申立ての趣旨変更申立書を裁判所に提出することになります。

ちーべんエコバッグ

ちーべんをご存知ですか?

 

と聞いておいてなんですが,大多数の方はご存知ないでしょう。

ちーべんとは千葉県弁護士会の公式キャラクターです。

コレです。

悪夢を食べるという獏をモチーフにしたキャラクターで,当会の会員のアイデアをもとに専門家がキャラクター化したものです。

ちーべんはゆるキャラブームが盛り上がってやがて下火になった頃の確か4,5年前に誕生したと記憶しております。認知度は低く,ちーべんと検索してもチーバくんという千葉県公式キャラクターばかり出てきます。

さて,どの委員会が主導しているのかわかりませんが,この度ちーべんのエコバッグを作成したとのことで会員向けに購入のお誘いメールがありました。

こんなものに我々の会費を使いおってという先生方のお叱りの声もあろうかと思いますが,きらいではない私は1枚ゲットしました。

 

ただ,写真ではお分かりにならないかもしれませんが,とても安っぽい。色々な批判を恐れての低価格(200円也)戦略がアダとなっている気がしてなりません。コンビニエンスストアで買い物するときに利用するにも,500ミリリットルのペットボトルを入れるには憚られるチャチさがあります。グミ用かな。

フジパン本仕込みのプレゼントであるミッフィーちゃんのエコバッグに代わることは難しそうです。これはよくできています。

 

実は,ちーべんくんのぬいぐるみもあり,よく弁護士会の受付に鎮座しております。相談中に小さなお子様の相手をしてもらおうと,ちーべんくんのぬいぐるみが欲しいと思ったこともあるのですが,これは非売品のようで手にすることはできないとのことでした,残念。

 

このエコバッグ何にも使えないなぁとしげしげ見ているうちに,こんなことをしているのは当会,千葉県弁護士会だけなんだろうか,ほかの単位会でも公式キャラクターってあるのかなと疑問に思うようになりました。

で,調べてみましたら,いろいろでてきました。

 

秋田県弁護士会は,「ききーぬ」

群馬弁護士会(のADRのイメージキャラクター)は,「スパットくん」

埼玉弁護士会は,「・・・(名前がまだ非発表)」

神奈川県弁護士会は,「みみん」と「るるん」

静岡県弁護士会は,「しずべんちゃん」

新潟県弁護士会は,「まもルン」 まもルンの子供の(?)「ハピ」と「ララ」

福井弁護士会は,「福ロウ」

滋賀弁護士会は,「ナヤマズン」

愛知県弁護士会は,旧キャラ(?)が「聞之介」,新キャラ(?)が「ひまるん」

京都弁護士会(の広報委員会のキャラクター)は,「京幸平」と「日向葵」

(可視化実現本部キャラクター)は,「カシカシカ」

奈良弁護士会は,「こまちゃん」

和歌山弁護士会は,「ほぅえーる」

兵庫県弁護士会は,「ヒマリオン」

広島弁護士会は,「カープローヤー」

岡山弁護士会は,「たすっぴ」

山口県弁護士会は,「ふくえる」

鳥取県弁護士会は,「まさこ先生」

大分県弁護士会(の法律相談センターのマスコットキャラクター)は,「ふくろん」

佐賀県弁護士会は,「よか丸くん」

熊本弁護士会は,「くまろっポン」

沖縄弁護士会は,「べんごシーサー」

単位会ではありませんが日弁連は,「ジャフバくん」

 

5年,10年して,そんなことしていたかなぁ?となるのか,他の単位会からニューカマーが現れるのか,注意して見守りたいと思います。

改正相続法7 遺産分割前における預貯金の払戻し制度2(民法第909条の2)

今回は,改正相続法7 遺産分割前における預貯金の払戻し制度2(民法第909条の2)です。

 

前回,遺産分割前においても一定の範囲であれば共同相続人の同意を得ること無く預貯金の払い戻しをすることができると説明しましたが,今回はその方法・効果等について説明したいと思います。

 

 

Q1 相続人は私と弟です。私は亡くなった父の葬儀費用に充てるため,民法第909条の2に基づいて,父名義の預貯金600万円から100万円を引き出したいと思っています。何を準備する必要がありますか。

A1 金融機関に戸籍謄本を提出する必要があるでしょう。

民法第909条の2に基づいて一定の範囲で預貯金の払い戻しをすることができるとして,具体的に何を用意すればいいのかについては,金融機関に問合せをしていただくことが間違いありませんが,少なくとも戸籍等が必要になると思います。

金融機関において民法第909条の2による払い戻しか否かを判断するには,①被相続人が死亡した事実,②相続人の範囲及び③払い戻しを求める者の法定相続分が分かる資料が必要になるところ,それは戸籍等ということになるからです。

 

Q2 相続人は私(A)と弟(B)です。私(A)は父名義の唯一の遺産である預貯金600万円から100万円を引き出しました。私(A)は父の生前に特別受益として600万円を取得しています。遺産分割では残りの預金500万円を弟(B)に取得させれば十分でしょうか。

A2 十分ではありません。弟さんが預金500万円を相続するのと別にして,あなたから弟さんに100万円を支払う必要があります。

 

民法第909条の2後段によって,同条前段により権利行使がされた預貯金債権については,その権利行使をした共同相続人が遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなすことにしています。

そして,仮に払戻した預貯金の額賀その者の具体的相続分を超過する場合でも,当該共同相続人はその超過分を清算すべき義務を負うことになります。

説例では,

遺産分割の対象財産=500万(残りの預貯金)+100万(一部分割により取得したものとみなされる財産)=600万

Aの具体的相続分=(600万+600万(特別受益))×1/2-600万=0

Bの具体的相続分=(600万+600万(特別受益))×1/2=600万

しかし,実際には遺産分割時の相続財産は500万円しかないので,Bは,預金債権500万円とAに対する代償金請求権100万円を取得することになります。

 

 

Q3 相続人は私(A)と弟(B)です。被相続人の父は唯一の遺産である預貯金600万円のうち,400万円を弟に相続させ,200万円を交際相手(C)に遺贈するとの遺言書を残りました。私は,預貯金の中から100万円を引き出すことができますか。

A3 引き出そうとする100万円は本来払い戻しの対象となりませんが,BやCが所定の債務者対抗要件を具備する前に払い戻された場合,その払い戻しは有効となります。

 

払い戻しの対象とならないのに,払い戻しが有効となるというのは少しわかりにくいかもしれません。

まず,払い戻しの対象とならないことの説明からします。

民法第909条の2は「遺産に属する預貯金債権」を対象としています。預貯金債権が特定財産承継遺言の対象となった場合(前記B)や遺贈の場合(前記C)には,当該預貯金債権は遺産に属しないことになるので,同条の規定による払い戻しの対象とならなくなるのです。

ですから,説例の場合,本来預貯金100万円を引き出すことはできないことになります。

次に払い戻しが有効であることの説明をします。

遺贈のみならず特定財産承継遺言についても対抗要件主義が採用されることになったので(第899条の2),金融機関としては所定の債務者対抗要件(遺贈については第467条,特定財産承継遺言については第899条の2第2項)が具備されるまでは,当該預貯金債権が遺産に属していることを前提に処理すれば足り,その後に債務者対抗要件が具備されたとしても,既にされた第909条の2の規定による払い戻しが無効になることはありません。

金融機関としては預貯金債権が第三者に遺贈されたのか,ある共同相続人が法定相続分を超えた預貯金額を相続する遺言があるのか,一見してわからないわけです。にもかかわらず第909条の2の範囲内で払い戻しをしたのに,それは「遺産に属する預貯金債権」ではなかったからその払い戻しが無効だとされたのでは,安心して払い戻しをすることができません。

そこで,受遺者等と払い戻しをする相続人との優劣はあくまでも債務者への対抗要件の問題として処理することにしました。

上記説例でAが預貯金を引き出してしまうと,BやCに不利益が生じることになりますが,それが嫌ならBもCも金融機関に対する対抗要件を具備すればよかったのですから,格別不利益はないと考えるのです。

 

遺産分割前における預貯金の払戻し制度についての前回の説明

改正相続法6 遺産分割前における預貯金の払戻し制度1

改正相続法6 遺産分割前における預貯金の払戻し制度1(民法第909条の2)

今回は,改正相続法6 遺産分割前における預貯金の払戻し制度1(民法第909条の2)です。

 

法改正というのは,実務における社会的要請,問題を立法的に解決をする必要があるときになされます。

そのため,法改正は社会や国民のためには大変結構なこと,望ましいことといえるでしょう。

法曹である弁護士としては,法改正を基本的に喜ばしいものと考え,いち早くその知識の習得に勤しむ必要があると考えます,・・・考えますが,弁護士も人の子,一度習得した知識をブラッシュアップするわけですから,面倒だなと思わないこともないわけです,正直申し上げて。

特に結論がころころかわる改正がなされた際には,その思いは強かったりするわけです。

今回取り上げる法改正も結論がころころかわった改正といえるのですが,面倒だといっていられないくらい実務においては影響のある改正といえるので,しっかり抑えておかなければなりません。

問題となるのは,遺産分割をする前に預貯金からお金を払い戻すことができるのか,です。

 

枕はこのくらいにして,本題。

 

Q1 相続人は私と弟です。亡くなった父には50万円の借金があるようで,債権者からその返済を求められています。幸いにして甲銀行に父名義の預貯金500万円が見つかりましたので,私はこの預貯金の中からとりあえず50万円を返したいと思っています。弟と遺産分割をする前に50万円を引き出すことができますか。

A1 できます。

 

50万円を引き出すことができるようになったのは,民法第909条の2が今回の改正で新設されたからです。同条の説明前に,従来,遺産分割前の預貯金の払戻しをどう扱っていたのかを確認しましょう。

1 平成28年12月19日前

預金債権は,相続の開始と同時に各共同相続人の相続分に応じて当然に分割されるから,各相続人は自己に帰属した預金債権を単独で行使できる,と判例上されていました。

説例によると,兄は250万円を引き出せたことになります。

 

2 平成28年12月19日以後今回の改正前

預金債権は現金類似の性質を有するので遺産分割の対象に含まれるから,共同相続人全員の同意を得なければ遺産分割前に預貯金を払い戻すことはできない,という最高裁の決定により判例変更がなされました。

説例によると,兄は預金を引き出せないことになります。

これは実務上かなりインパクトのある判例変更でした。

相続人間の公平のためには裁判所の判断を経ずに預貯金の払戻しを認めるべきではないとの考えに基づいており,これはこれで意義のある判例変更でした。

しかし,この判例変更によって,共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある,あるいは,被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなど,被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要がある場合であっても,共同相続人全員の同意を得ることができない場合には,払い戻すことができないという不都合が生じてしまいました。

3 相続改正後(令和元年7月1日以後)

各預貯金債権の3分の1に払い戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額については,単独で払い戻しをすることができる(民法第909条の2),ことになりました。

説例によると,500万円の3分の1に兄の法定相続分2分の1を乗じた額,

500万×1/3×1/2=83万3333円まで払い戻すことができます。

 

改正相続法は,共同相続人の各種の資金需要に迅速に対応することを可能とするため,各共同相続人が,遺産分割前に,裁判所の判断を経ることなく,一定の範囲で遺産に含まれる預貯金債権を行使することができる制度を設けることにしました。

しかし,無制限に預貯金債権を行使することを認めたのではなく,平成28年12月19日の最高裁決定が,現金類似の性質を有する預貯金債権を遺産分割の対象とする旨の判断を示したことに鑑みて,預貯金債権の一部についてのみ単独で権利行使することができると定めました。

そしてその範囲を,各預貯金債権の額の3分の1に払い戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額としました。

 

 

Q2 相続人は私と弟です。亡くなった父には100万円の借金があるようで,債権者からその返済を求められています。幸いにして父名義の預貯金が甲銀行に200万円,乙銀行に600万円が見つかりましたので,私はこの預貯金の中からとりあえず100万円を返したいと思っています。弟と遺産分割をする前に乙銀行のみから100万円を引き出すことができますか。

A2 できます。

民法第909条の2によって権利行使することができる預金債権の割合及び額については,個々の預貯金債権ごとに判断されることになっています。

ですから,設問の例では甲銀行から20万円,乙銀行から80万円を払い戻してもいいですし,乙銀行から100万円を払い戻してもよいことになります。

 

 

Q3 相続人は私と弟です。亡くなった父には300万円の借金があるようで,債権者からその返済を求められています。幸いにして父名義の預貯金が甲銀行に900万円,乙銀行に3000万円が見つかりましたので,私はこの預貯金の中からとりあえず300万円を返したいと思っています。弟と遺産分割をする前に乙銀行のみから300万円を引き出すことができますか。

A3 できません。同一の金融機関に対する権利行使は,現在のところ150万円までとされているため,乙銀行のみから300万円を払い戻すことはできません。

民法第909条の2によれば権利行使の限度について,「標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案し預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする」との規定があります。

そして,平成30年法務省令第29号によると,民法第909条の2に規定する法務省令で定める額は150万円とされています。

民法第909条の2が払い戻しを請求できる金額の上限額を法律で規定するのではなく法務省令に委任したのは,標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情は景気や社会情勢によって変動する可能性があるところ,柔軟に対応するためには上限額を法務省令で定めたほうが良いと考えたからです。

最後に計算式をまとめておきます。

相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×1/3×当該払い戻しを求める共同相続人の法定相続分=単独で払い戻しをすることができる額

※ただし,同一の金融機関に対する権利行使は,法務省令で定める額(150万円)を限度とする。

 

社会的要請,問題に応えるために柔軟といえば柔軟ですが,上限額を把握するのに民法をみるだけではなく法務省令についても確認しなくてはいけないというのは,法律の明確性という一方の要請が後退するわけでして,複雑になったなあという感じが正直いたします。

 

改正相続法5 遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の取扱い(民法第906条の2)

今回は改正相続法5 遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の取扱い(民法第906条の2)です。

今回の改正部分は,いわゆる相続における使途不明金問題に関係します。相続における使途不明金問題とは,例えば相続前又は相続後遺産分割前に共同相続人の一人が勝手に被相続人の財産を費消してしまった場合にどう処理するのかという問題です。この使途不明金問題は実務上度々問題となります。

結論の先取りのようですが,今回の改正法で民法第906条の2が設けられたことによって,相続における使途不明金問題については,遺産分割調停・審判で解決できる場合が多くなりました。

実務において重要な改正だと思いますので,今回は遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の取扱いを規定した民法第906条の2についてお話したいと思います。

 

それではいつものように前提知識から

遺産分割調停・審判で当然に分割の対象となる財産は,①被相続人が相続開始時に所有し,②現在(分割時)も存在する,③未分割の,④積極財産とされます。

そのため,被相続人の生前に相続人の一人が引出した預貯金や,被相続人が死亡した後に相続人の一人が引出した預貯金は,相続開始時又は分割時に存在しないため,原則として遺産分割の対象とすることができません。

もっとも,実務上は,解釈によって,相続人全員の同意がある場合は例外的に遺産分割の対象としておりました。

しかし,勝手に預貯金等を引き出した相続人が,引き出した預貯金を遺産分割の対象とすることに同意をするということは通常ありません。

そのため,使途不明金問題は民事訴訟で別に解決する必要がありました。

具体的には,不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起しなければなりませんでした(使途不明金に説明はコチラの遺産分割の付随問題 使途不明金についても参考にしてください。)。

 

それでは本題

Q1 相続人は私と弟の二人です。その弟が,相続開始時の預金3000万円のうち1000万円を勝手に引き出してしまいました。遺産分割調停の他に民事訴訟をしないといけないでしょうか。

A1 弟さんの同意を得ないで1000万円の預貯金についても遺産とみなして遺産分割調停を行うことができます。

新しい相続法では,遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人全員の同意がある場合には,処分された財産も分割時に存在するものとして,遺産としてみなすことができると,明記されました(民法906条の2第1項)。

そして,共同相続人の一人又は数人により処分がされたときは,当該共同相続人についての同意を得ることを要しないとも定められました(民法906条の2第2項)。

民法906条の2第1項は従前の実務上の扱いを明文化したものですが,より重要なのは同条第2項です。

処分をした相続人の同意が得られないために遺産分割調停の対象とならないとすると,処分をした者の最終的な取得額が処分をしなかった場合と比べて大きくなり,その反面,他の共同相続人の遺産分割における取得額が小さくなるという計算上の不公平が生じえます。

そうした不公平をさけるために,新しい相続法では,処分をした相続人の同意は不要としたのです。

これにより,処分をしていない相続人らの同意のみで処分をした財産を遺産分割とすることができるようになりました。

上記の例ですと,弟の同意を得ずに,引き出された1000万を遺産とみなして遺産分割調停を行い,残存する預貯金2000万の内1500万を兄が,残りの500万を弟が取得することができるようになったのです。

 

 

Q2 相続開始時に3000万円あった預貯金から知らぬ間に1000万円引き出されていました。引き出したのは相続人の一人の弟しかいないと思うのですが,弟は知らないと言い張っています。遺産分割調停・審判の他に民事訴訟をしないといけないでしょうか。

A2 遺産分割事件を取り扱う家庭裁判所において処分者についての事実認定をすることができます。ただし,1000万円が遺産に含まれることの確認を求める民事訴訟を提起した方がよい場合が多いと思います。

民法第906条の2第2項が適用されるのは,共同相続人の一人又は数人が遺産に属する財産を処分したことに争いがない場合であり,被相続人の預貯金を払戻したのが誰か不明な場合には同条項をそのまま適用することはできません。

しかし,遺産分割前の遺産に属する財産が処分されたが,共同相続人間で誰がその処分をしたのか争いが生じる場合,遺産分割事件を取り扱う家庭裁判所においても,遺産分割の前提と問題としてその処分者について事実認定をした上で,遺産分割の審判をすることは可能です。

例えば,預貯金の払戻しが窓口で行われた場合,払い戻しの手続きを行った際の書類を見れば,筆跡等により,誰が払い戻したか容易に分かることがあります。

家庭裁判所は払い戻し手続きをした当事者が特定できる場合,当該相続人に払い戻しを認めて遺産の範囲に含めることに理解を求めていくことになります。

したがって,必ずしも民事訴訟をする必要はないとはいえます。

もっとも,遺産分割の審判の中でした事実認定については拘束力(既判力)がないので,後日争われ,結果審判の効力が否定されるおそれがあります。

家庭裁判所の努力にもかかわらず当該相続人が払い戻しを認めない場合には,その他の相続人に,後に認定判断が覆るリスクを引き受けた上で遺産分割審判を続けていくか,時間も費用もかかりますが,終局的な解決をめざすべく遺産分割調停・審判の手続を止めて,払い戻された預貯金が遺産の範囲に含まれることを確認するための遺産の範囲確認訴訟を提起するかの選択を求めることになります。

状況にもよるのでしょうが,代理人としては(私なら),後に遺産分割前の遺産に属する財産の処分者についての認定が争われて,遺産分割審判の効力が否定されることのないように,処分された財産が遺産に含まれることの確認訴訟を提訴することを選択するのではないでしょうか。

なお同確認訴訟では,民法906条の2が設けられたことから,①処分された財産は相続開始時に遺産に属していたこと,②処分者は弟であること,③相談者は1000万の預金を遺産分割の対象に含めることに同意していることを主張することになります。

民事訴訟で処分された財産が遺産に含まれることになれば,その判断に既判力が生じるので,遺産分割手続きを行う家庭裁判所は処分された財産が遺産に含まれることを前提として遺産分割を行うことになります。

 

 

Q3 相続人は私と弟と妹の三人です。弟は被相続人の死後に被相続人の預貯金から1000万円を引き出したことは認めているのですが,引き出したお金は被相続人からもらったものだとか,葬儀費用に使ったとか述べて自分が取得したことを認めません。妹は弟の説明に納得しているようなのですが,私は納得していません。このような場合も,民法第906条の2第2項によって,引出された1000万円についても遺産とみなして遺産分割調停・審判をすることができるでしょうか。

A3 妹さんが同意することはなさそうですから,民法第906条の2第2項によって引出された1000万円を遺産分割の対象とすることはできないでしょう。別途,民事訴訟を提起する必要があります。

 

Q3は,相続人として払い戻しをしたことを認めておりますが,引き出した預貯金を自己の取得分とすることを認めないケースです。取得分として認めない理由は,払戻した預貯金を,相続債務,公租公課,遺産管理費,葬儀費用など,相続人全員のために費消したからと述べることが多いと思います。

このような場合,家庭裁判所は自己の取得分として認めない当事者に対して,費消の事実や費消に至る経緯,遺産から支出することの相当性等について,裏付けとなる資料の提出を求め,説明を受けることになります。そしてその後の処理は以下のように当該説明に他の相続人が納得するか否かで異なっていきます。

(1)当該説明を他の相続人が納得すれば,同意は問題とならないので,払戻した預貯金は遺産分割の対象にはならないことになります。この場合,別途民事訴訟がなされることもないでしょう。

(2)当該説明を共同相続人の内の一部は納得したが全員の納得が得られなかった場合は(Q3のケース),納得をした者は民法第906条の2の同意をすることはないでしょうから,同条によって払い戻された預貯金が遺産分割の対象となることはないことになります。このような場合は,説明に納得のいかない相続人は,別途民事訴訟をしなくてはならなくなるでしょう。

(3)当該説明を他の共同相続人全員が納得しない場合は,これらの者は民法第906条の2の同意をするでしょうから,同条によって払い戻された預貯金が遺産分割の対象となることになるでしょう。もっとも,払戻しをした当事者と使途を問題として遺産の範囲に含めることに「同意」をした相続人全員との間では,別途民事訴訟での解決が必要な場合もあるでしょう。

 

したがって,①預貯金を払戻した相続人を特定でき,②払戻した預貯金を自分で取得したことに争いがなく,③払い出された預貯金に比して分割時に残っている財産(遺産)が多い場合には,使途不明金問題は遺産分割調停・審判で解決することが容易になったといえます。

もっとも,民法第906条が新設された後も,①当該相続人が預貯金の払戻しを争う場合や,②払戻した預貯金を自己の取得分として認めない場合,また,③引出された預貯金に比して分割時に残っている財産(遺産)が少ない場合には,なお従前どおり民事訴訟での解決が必要になることが多いといえるでしょう。