石塚弁護士ブログ

改正相続法6 遺産分割前における預貯金の払戻し制度1(民法第909条の2)

今回は,改正相続法6 遺産分割前における預貯金の払戻し制度1(民法第909条の2)です。

 

法改正というのは,実務における社会的要請,問題を立法的に解決をする必要があるときになされます。

そのため,法改正は社会や国民のためには大変結構なこと,望ましいことといえるでしょう。

法曹である弁護士としては,法改正を基本的に喜ばしいものと考え,いち早くその知識の習得に勤しむ必要があると考えます,・・・考えますが,弁護士も人の子,一度習得した知識をブラッシュアップするわけですから,面倒だなと思わないこともないわけです,正直申し上げて。

特に結論がころころかわる改正がなされた際には,その思いは強かったりするわけです。

今回取り上げる法改正も結論がころころかわった改正といえるのですが,面倒だといっていられないくらい実務においては影響のある改正といえるので,しっかり抑えておかなければなりません。

問題となるのは,遺産分割をする前に預貯金からお金を払い戻すことができるのか,です。

 

枕はこのくらいにして,本題。

 

Q1 相続人は私と弟です。亡くなった父には50万円の借金があるようで,債権者からその返済を求められています。幸いにして甲銀行に父名義の預貯金500万円が見つかりましたので,私はこの預貯金の中からとりあえず50万円を返したいと思っています。弟と遺産分割をする前に50万円を引き出すことができますか。

A1 できます。

 

50万円を引き出すことができるようになったのは,民法第909条の2が今回の改正で新設されたからです。同条の説明前に,従来,遺産分割前の預貯金の払戻しをどう扱っていたのかを確認しましょう。

1 平成28年12月19日前

預金債権は,相続の開始と同時に各共同相続人の相続分に応じて当然に分割されるから,各相続人は自己に帰属した預金債権を単独で行使できる,と判例上されていました。

説例によると,兄は250万円を引き出せたことになります。

 

2 平成28年12月19日以後今回の改正前

預金債権は現金類似の性質を有するので遺産分割の対象に含まれるから,共同相続人全員の同意を得なければ遺産分割前に預貯金を払い戻すことはできない,という最高裁の決定により判例変更がなされました。

説例によると,兄は預金を引き出せないことになります。

これは実務上かなりインパクトのある判例変更でした。

相続人間の公平のためには裁判所の判断を経ずに預貯金の払戻しを認めるべきではないとの考えに基づいており,これはこれで意義のある判例変更でした。

しかし,この判例変更によって,共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある,あるいは,被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなど,被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要がある場合であっても,共同相続人全員の同意を得ることができない場合には,払い戻すことができないという不都合が生じてしまいました。

3 相続改正後(令和元年7月1日以後)

各預貯金債権の3分の1に払い戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額については,単独で払い戻しをすることができる(民法第909条の2),ことになりました。

説例によると,500万円の3分の1に兄の法定相続分2分の1を乗じた額,

500万×1/3×1/2=83万3333円まで払い戻すことができます。

 

改正相続法は,共同相続人の各種の資金需要に迅速に対応することを可能とするため,各共同相続人が,遺産分割前に,裁判所の判断を経ることなく,一定の範囲で遺産に含まれる預貯金債権を行使することができる制度を設けることにしました。

しかし,無制限に預貯金債権を行使することを認めたのではなく,平成28年12月19日の最高裁決定が,現金類似の性質を有する預貯金債権を遺産分割の対象とする旨の判断を示したことに鑑みて,預貯金債権の一部についてのみ単独で権利行使することができると定めました。

そしてその範囲を,各預貯金債権の額の3分の1に払い戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額としました。

 

 

Q2 相続人は私と弟です。亡くなった父には100万円の借金があるようで,債権者からその返済を求められています。幸いにして父名義の預貯金が甲銀行に200万円,乙銀行に600万円が見つかりましたので,私はこの預貯金の中からとりあえず100万円を返したいと思っています。弟と遺産分割をする前に乙銀行のみから100万円を引き出すことができますか。

A2 できます。

民法第909条の2によって権利行使することができる預金債権の割合及び額については,個々の預貯金債権ごとに判断されることになっています。

ですから,設問の例では甲銀行から20万円,乙銀行から80万円を払い戻してもいいですし,乙銀行から100万円を払い戻してもよいことになります。

 

 

Q3 相続人は私と弟です。亡くなった父には300万円の借金があるようで,債権者からその返済を求められています。幸いにして父名義の預貯金が甲銀行に900万円,乙銀行に3000万円が見つかりましたので,私はこの預貯金の中からとりあえず300万円を返したいと思っています。弟と遺産分割をする前に乙銀行のみから300万円を引き出すことができますか。

A3 できません。同一の金融機関に対する権利行使は,現在のところ150万円までとされているため,乙銀行のみから300万円を払い戻すことはできません。

民法第909条の2によれば権利行使の限度について,「標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案し預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする」との規定があります。

そして,平成30年法務省令第29号によると,民法第909条の2に規定する法務省令で定める額は150万円とされています。

民法第909条の2が払い戻しを請求できる金額の上限額を法律で規定するのではなく法務省令に委任したのは,標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情は景気や社会情勢によって変動する可能性があるところ,柔軟に対応するためには上限額を法務省令で定めたほうが良いと考えたからです。

最後に計算式をまとめておきます。

相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×1/3×当該払い戻しを求める共同相続人の法定相続分=単独で払い戻しをすることができる額

※ただし,同一の金融機関に対する権利行使は,法務省令で定める額(150万円)を限度とする。

 

社会的要請,問題に応えるために柔軟といえば柔軟ですが,上限額を把握するのに民法をみるだけではなく法務省令についても確認しなくてはいけないというのは,法律の明確性という一方の要請が後退するわけでして,複雑になったなあという感じが正直いたします。