今回は,改正相続法12 相続による権利の承継と対抗要件主義(民法第899の2条)です。
対抗要件主義というのが理解しにくいと思います。対抗要件主義とは、権利変動を第三者に対して主張するには対抗要件を具備しなければならず、先に対抗要件を具備されてしまうと自己の権利変動を主張することができなくなってしまう考え方のことをいいます。
例えば、不動産の譲渡を例にとりますと、売買の意思表示のみで権利変動は生じますが、不動産の買主が自己の所有権を第三者に対して主張するには登記という対抗要件を備えなければならず、二重譲渡がなされて別の買主が先に登記を備えた場合には所有権の取得を主張することができなくなります。
今回の改正では、この対抗要件主義という考え方を相続による権利承継の局面でも導入することになりました。実務的にはとても大きな改正といえるところでして、今回の改正により相続時に対抗要件を速やかに備える必要が高くなったといえます。
Q1 私と妹が母の共同相続人となりました。母は遺言書で自宅を私に相続させるという遺言書を書いてくれていました。ところが、妹が自己にも相続分があるとして2分の1の持分を第三者に売却してしまいました。私は第三者に対して、遺言書を理由に妹は無権利者であるため売買は無効なので、自分が自宅の所有者であると主張することができますか。
A1 遺言書を理由に妹の売買を無効と主張することはできません。遺言書どおりに自宅を相続したと第三者に対して主張するには登記を備える必要があります。
今回の改正前は、登記という対抗要件を備えなくても、相続による権利取得を第三者に対抗できるというのが判例でした。
しかし、判例については、遺言の有無及び内容を知る手段を有していない相続債権者や被相続人の債務者に不測の損害を与える恐れがあるという批判がありました。また、判例のよると、遺言によって利益を受ける相続人が登記等の対抗要件を積極的に備えようとしないため、実体と登記という公示制度とが一致しない場面が増えてしまい、取引の安全や不動産登記制度という公示制度への信頼が害されるという批判もありました。
そこで、改正相続法では、相続を原因とする権利変動についても、これによって利益を受ける相続人は、登記等の対抗要件を備えなければ法定相続分を超える権利の取得を第三者に取得することができないことにしました。
そのため、遺言書によって権利を受ける相続人は急ぎ対抗要件を備える必要が出てきたことになります。
Q2 上記の例で、登記を備えないと自分の相続分についても第三者に対抗することができないのですか。
A2 いいえ、対抗することができないのは法定相続分を超える部分(上記の例で言えば自己の相続分2分1を超える部分)に限られます。
先の遺言書で利益を受ける相続人は、その遺言がなくても法定相続分に相当する部分は権利を取得するこができるので、当該部分は権利の競合は生じません。権利の競合が生ずるのはあくまでも法定相続分を超える部分です。
したがって、自己の法定相続分については改正前と同様に対抗要件を備えなくても相続による取得を主張できます。
Q3 私と妹が母の共同相続人となりました。母は第三者Yに100万円を貸していたのですが、遺言書でYに対する100万円の貸付債権を私に相続させると書いてくれました。ところが、妹が自己にも相続分があるとしてYに対して50万円を返すよう請求し、Yは妹に50万円を支払ってしまいました。私は第三者Yに対して、遺言書を理由に妹への支払は無効なので、自分に100万円を支払うよう求めることができますか。
A3 いいえ、できません。相続による対抗要件主義は不動産のみならず、債権、動産、有価証券などの対抗要件主義を採用しているもの全般に及ぶため、妹への支払い前に債権取得の対抗要件を備えておく必要があります。
相続による権利の承継に対抗要件主義が要求されるのは不動産に限られません。債権をはじめとする対抗要件主義を採用しているもの全般に及びます。
上記の例では、法定相続分を超える部分(50万円)については、債権についての対抗要件を備える必要があります。