今回は、改正相続法19 持ち戻し免除の意思表示の推定(第903条第4項)です。
私はこの改正は、影響力が大きく重要だと考えております。
影響力が大きく重要であることを理解していただくには、そもそも「持ち戻し免除」って何?ってところからご説明する必要があると思います。
前提知識1「持ち戻し」って何?
遺産分割は、原則として、「現在存在している」遺産を分割する手続です。被相続人が生前に財を成し、たくさんの不動産、多額の預貯金を有していたとしても、亡くなる前に不動産を贈与したり、預貯金を費消したりして無くなってしまえば、その不動産や預貯金は遺産には含まれません。そのため、「現在存在している」遺産をもとに相続人間でどのように分割をするのか決めていくことになります。
しかし、民法第903条第1項に定める「特別受益(とくべつじゅえき)」にあたる遺贈(遺言による贈与)や贈与(生前贈与)がなされた場合、その遺贈や贈与は相続の前渡しと一緒なので、遺贈や贈与された財産を遺産に戻して、分割を考えていくことになります。この遺贈や贈与された財産を遺産に戻すことを「持ち戻し」といいます。
具体的に説明すると以下のようになります。
被相続人甲さんは4000万円の預金を残して亡くなりました。法定相続人は妻のAさんと息子のB・Cさんです。何にもなければ、Aさんは2000万円、BさんとCさんは1000万円を相続することになります。
しかし、被相続人は生前、自分が死んだあと住む場所が亡くなってはかわいそうだと思い、妻のAさんに自宅を生前贈与していたとします。この家の価値は2000万円でした。この生前贈与が特別受益にあたるとすると、遺産の4000万円に2000万円を「持ち戻す」ことになります。そうすると持ち戻し後の遺産は6000万円だとして、BさんとCさんは法定相続分(4分の1)により1500万円ずつ相続することになります。Aさんも法定相続分(2分の1)により3000万円を取得するといえるのですが、その内の2000万円は2000万円の家を貰うという形で相続分の前渡しを受けていますから、相続時には1000万円を取得することになります。
結果として、4000万円の預金を、Aさんは1000万円、BさんとCさんは1500万円ずつそれぞれ相続することになるというわけです。
(特別受益についてはコチラも参考にしてください)
前提知識2持ち戻し「免除」って何?
「持ち戻し」とは何かを理解したとして、次にご説明するのは「持ち戻し免除」とは何かです。
先の例で、被相続人は、妻のAさんに家を生前贈与したけれど、これは相続分の前渡しではない、自分が死んだあとにAさんの住む場所を用意してあげるためであり、相続とは別にしたいと思うことも考えられます。自分が亡くなったときの遺産についてAさんに法定相続分である2分の1を取得してもらいたいと思うということもあるということです。
被相続人がこのように思ったとき、この遺贈又は贈与された財産は特別受益にあたらないよ、持ち戻しを免除するよ、と意思表示することができます。具体的には遺言書でこれを行います。
この持戻し免除がなされた場合、先の例で妻Aが取得した2000万円相当の家は特別受益にあたらなくなりますから、「持戻しが免除」されます。そのため、Aさんは預金4000万円の内、法定相続分(2分の1)の2000万円を取得できることになるのです。
したがって、「持ち戻し」とは、特別受益にあたる財産を遺産に戻すことをいい、「持ち戻し免除」とは、特別受益にあたらないと意思表示すること、遺贈又は贈与した財産の持ち戻しをさせない意思表示をすることをいいます。
被相続人の財産ですから、それをどのように処分するかは被相続人の自由であるわけです。被相続人の分けたいように分けるべきですから、この「持ち戻し免除」はある意味当然といえます。
しかし、被相続人は持ち戻し免除をしたければ、持ち戻し免除の意思を明らかにしなければならないのです。何もしなければ、特別受益にあたれば持ち戻されてしまうので、それを避けたいのであれば持ち戻し免除の意思を明らかにしなければならない、これが相続法の考え方です。
前置きが長くなりました。さて、それでは今回何が改正されたのでしょうか。
Q1 夫は生前、自分が死んだときに私の住むところが亡くなってはかわいそうだといって、私に家を贈与してくれました。その夫が亡くなり相続になった際、子供たちが家の贈与は特別受益にあたるから、残された遺産について私の取り分はないというのですが、仕方ないでしょうか。なお、持ち戻し免除の意思は明らかになっていません。
A1 ①婚姻期間20年以上の夫婦間でなされた、②居住用不動産の贈与であれば、持ち戻し免除の意思を推定することができますので、残された遺産についてもあなたの取り分はあることになります。
上記のとおり、持ち戻し免除をする際には、その意思を明らかにしなければなりません。
しかし、今回の改正で、①婚姻期間20年以上の夫婦間でなされた、②居住用不動産の贈与であれば、持ち戻し免除の意思を推定されることになりました。つまり、持ち戻し免除の意思を明らかにしていなくても、持ち戻し免除の効果が認められるということです。
これは、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が他方に対して居住用不動産(自宅など)を贈与等する場合には、その贈与等は、通常相手方配偶者の労に報いるとともに、その配偶者の老後の生活保障を厚くする趣旨と考えられるので、被相続人の意思としては、持ち戻し免除の意思があったであろうと判断できると考えられたからです。
これによって、配偶者は残された遺産に対してもその相続分を主張できることになり、配偶者の生活が守られることになります。
20年以上寄り添うご夫婦は多くいらっしゃるでしょうから、今回の改正は多くの人に影響を与えることになると思いますし、なにより価値の大きな不動産分が特別受益にあたらないとなれば、相続時の配偶者の取り分は十分確保できる可能性が高く、その効果はとても大きいと思います。