先日のことですが,降車駅が近づいたので電車を降りる準備の為、私はドア付近に立ちました。
同じように降車準備をしていた私の前に立つ大学生らしき男性が,後ろを振り返りました。そして,前を向いたと思うとまた直ぐに後ろを振り返りました。二度見をしたのです。私は,誰か知り合いでも見つけたのかなと思ったのですが,なんとなくその視線が私の方に向けられているように感じ,なんだろうと思いました。
電車が降車駅に着いてホームに降りると,その男性が私に「弁護士さんですか,かっこいいですね,ボクも今司法試験を目指しているんです。」と声をかけてきました。私は突然声をかけられたことでちょっとびっくりしてしまい,「ああ,そうなんですか。頑張ってください。」とだけ答えてその場を去りました。
彼が二度見したのは私のスーツに付けられた弁護士バッジ(徽章)を見つけたからでした。いうまでもなく、かっこいいですねというのは私の容姿に向けられたものではなく、弁護士バッジや弁護士という職業に向けられたものです。
私は彼と別れて最初のうちは,やはり弁護士は憧れる職業であるべきなんだよとか気分よく歩いていたのですが,やがてなんか申し訳ない気持ちになりました。
なぜ,もう少し気の利いたことが言えなかったのか。
弁護士に憧れを抱く若者に対する回答としては,あまりにそっけないというか面白みにかける回答だったのではないかと思いはじめたのです。
実は、同じような体験は他にもあります。私が郵便局の夜間受付に行ったとき、そこで受付をしていた若い女性が私の差し出した事務所名入りの封筒を見て、「弁護士さんなんですね。いいなぁ。私今度予備試験受けるんです。バイトをしながら受験勉強をしているんです。」と声をかけてくれたことがあったのです。そのときも私は「ああ、そうなんですか。頑張ってくださいね。」とかなんとか答えたのでした。
彼や彼女は、法曹になるべく勉強に勤しむ毎日を過ごしている中で、普段接することのない弁護士である私を見かけ、自らが目標とする対象を具体的に目にしたことで、ふと心を許したといいますか、仲間意識や共感を覚えて声をかけてくれたのではないかと思うのです。そう思うと、なんかもう少しなかったかなあ、自分が今勉強していることには価値があるんだと励みになるような、背中を少しでも押してあげられる一言を出せなかったかなぁ、つまらん先輩だったなぁと思わずにはいられなくなったのです。
そのうちに、昔ボスから「弁護士は瞬発力だから。瞬発力ないやつにいい尋問なんかできないから。」と言われたことを思い出してしまい,あの瞬間こそ瞬発力を示す場面だったのではないかと、気の利いた一言をかけるという瞬発力を示せなかったことを悔やみ、やがてなんとなく落ち込んでしまいました。
終いには、三四郎のストレイシープよろしく,弁護士は瞬発力,弁護士は瞬発力とつぶやきながら裁判所に向かったのでした。